近年の歯科におけるチタン性オッセオインテグレーテッド(骨結合型)インプラント治療は 1969年スウェーデンの医師ブローネマルクらが始めて無歯顎患者に臨床応用して以来40年、患者の義歯の不自由さからの解放、予知性の高い治療法として現在では数百万人とも言われる人々に恩恵を与えてきました。
この恩恵は患者だけでなく、世界中の歯科医師、医師、衛生士、技工士、大学の研究者 学生 企業 開発者らに研究、開発、教育、臨床の機会が与えられ、多くの産業が生まれ、魅了され注目を浴びています。
本日、私は、この恩恵を真に患者さんのQOL回復に生かす為に、歯科医師としてしなければならないと感じていることを、大きく2つ、お話しさせていただきたいと思っております。
第一に、歯科医療において、デンタルインプラントは、あくまでも治療の選択肢の一つである、ということです。
私どもの歯科医院を訪れる患者さんの中には、単に虫歯や歯槽膿漏の治療だけでなく、歯のことで悩み人に相談できずに憂鬱な毎日を過ごしていられる方も少なくありません。また、もう治らないと諦めている方もいらっしゃいます。
症例には慣れても、患者には慣れるな、をモットーに、スタッフ全員で患者さんの話に耳を傾けます。患者さんの悩みの核はどこにあるのか、何を望んでいるのか。機能回復、審美回復、その優先順位、あるいは、金銭面、家族との問題。伺っているうちにゴールが見えてきます。埋伏歯があれば、移植も可能です、矯正で前歯を治しながら、今はお子様の教育費が大変な時ですから、奥歯はなんとかあと2、3年持たせましょう、、
人前で気にせず話がしたい、歯のことを気にせずに安心して食べたい、家族で同じ物を食べる楽しみを取り戻したい、毎日の小さな不安が、心身の健康ばかりでなく、社会、家庭、生活への自信を失うことにつながります。
単にエビデンスだけに基づいて、口の中のみ治すのではなく、目の前に座っている患者さんの今と未来を治療することを、私はナラティブ based med であると考えています。そのためには、あらゆる症例に対応する確かな技術、経験に基づく根拠、それらを柔軟に適切に、患者さんサイドに立って包括できる人間性こそ、今、歯科医師に求められていると考えております。
第二に、口腔外科に携わったものとして、反省を込めて、この機会に医師の皆様にご提案させていただければと思っております。
皆様もご存知の通り、インプラントは、今日では整復固定用プレートに代表される他科領域への応用・術式の確立やマテリアルの開発から適応症の拡大、顎顔面再建領域へと展開し臨床応用されてきています。
1970代後半よりブローネマルクらによって、顎顔面再建へのインプラントの臨床応用が行われてきました。顎顔面の腫瘍摘出後、交通外傷術後の顔面、口腔器官実質欠損の患者は、そのままでは外出することや摂食困難となる場合が多々あります。生命を救うため仕方ないとはいえ、その再建の為の拡大手術や度重なる手術は患者にさらなる肉体的精神的負担をかけることになります。
インプラントを応用したエピテーセ、プロテーゼは維持、支持にも優れ、着脱が容易であるため、患者の喜びも大きく、有用性があります。しかし保険での対応はされていません。入院のため収入が絶たれた中で治療・入院費用を支払った後、退院後は社会に復帰することが困難な状態となり、高額なエピテーゼ等の治療を続けることは不可能です。そのため多くの患者が病院と自宅の行き帰りのみとなっているのが現状です。
私は一人でも多くの患者さんのQOL回復の為に、インプラントを応用した再建を1999年より試みてきました。それぞれの症例がエビデンスレベルでは対応できない場合が多く、困難を極めます。デンタルインプラントにより固定式義歯が入り、流動食から普通の食事に移行できた患者さんの喜びを、是非ご覧になってください。大多数の患者は、顔面の再建を何処に託したらわからないまま、自宅に籠っている状況です。医師の皆様との協力体制を作ること、そして1日でも早い治療開始と、インプラント、エピテーゼ使用の保険対応の実現を心より願い、いくらかでも本日の拙い私の話が、未来の患者さんの幸せにつながってくれたらと思っております。